パウロの足跡を訪ねて2002年11月6日〜11月20日

11/08 トルコ・イスタンブ−ル→カイセリ→キリキアの狭門キドニス川パウロの井戸→タルソ泊
11/09 シリフケ→デルベ(カラマン)→イコニオン(コンヤ)泊
11/10 アンテオケ→パムカレ(ヒエラポリス)泊
11/11 ヒエラポリスミレト
11/12 エフェソ
11/13 ペルガモ
11/14 アソス→トロアス
11/15 チャナカレ→ギリシャ・ネアポリス泊
11/16 フィリピ→リデイアの洗礼所→テサロニケ→アテネ泊
11/17 アテネ→パルテノン神殿→アレオパゴス
11/18 アレオパゴス→コリント運河→コリント遺跡→ケンクレア→アテネ泊
11/19 アテネ→イスタンブ−ル
 私が訪ねたいと願い求めていた使徒パウロが福音を宣べ伝えた町々(現在のトルコ・ギリシャ)をついにこの目で見ることができました。私が訪ねた所は、紀元一世紀にはローマ帝国内ではキリスト教が一番盛んな所で、キリスト教会がたくさんありました。それは使徒パウロが命がけで伝道したからです。しかし、驚いたことに、当時栄えていた町々は今はほとんど廃墟になっていて、キリスト教の面影はありませんでした。

 あの広大なアナトリア高原をシラスやテモテを伴って幾日も歩き続けたであろうパウロの姿を想うとき、大きな感動を覚えました。パウロにはどんな苦悩に遭おうとも、どうしても伝えなければならないキリストの福音があったので、あの大伝道旅行ができたのです。
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